007 学校・学ぶという事
学校とは檻だ。
学校で学ぶ事は全然役に立たない。人格形成の底上げと言った感じだろうか。
当然知識の無い者は喋れない。
「学ぶ」吸収して、自覚する事。発見、脳内ネットを増やす。
学校にはとにかく多種の人格の人間達が居て、お互い馬鹿にしあったり、仲良くなったりする。
群れたり、コロニーを作る。正直無理。
でも僕にも怒ってくれる人が居て、たった今も叱責された訳です。
僕は本当に怒られなきゃ気が済まないらしい。
何せ知識が無いし、他人との接触に経験が無さ過ぎる。
怒られて、「あぁ、これは駄目な事をしたのだな」と気付く。自覚。
当人言っている時、其の時、其の後、常に意識は変化しているので、自分でも解らない。
ここでいつもなら「もういいか」等と諦めて立ち去る僕ですが、それじゃ駄目だと言う事を学ぶ。
「この人達と離れたら僕は一生一人だ、離れたくない」とか、真剣に冷たい人間になるんじゃないか?と焦りました。怖い。
そして僕は泣いて、多分自分の中の駄目な部分を少しずつ出しているんだと思う。泣くってそういう事なんだろう、きっと。
虐めだって「ごめんなさい、僕が悪かったです」って何処かで思ってたのかも知れない。
そして虐められる自分が悪いのか、其れとも? ・・・こんな無駄な葛藤不必要。
僕は完璧に見放される迄、馬鹿なのかも。繰り返し過ぎ。
とにかく学校なんかより
「友達から学ぶ事の方が大事」
「働く事から学ぶ事は大事」という答。
結論は
学校は技術を付ける為に行く物。
学ぶ事とは、意識・自身・精神構築に成り得る物、かと。