アネモネ

君の声が聞こえる。
僕の声が聞こえる。
君は、僕を優しいと言い、僕の声を甘いと言う。
僕は僕の声を、存を、在を否定していたのに。

君の声が聞こえる。
私の心臓が鳴く。
君の声が聞こえる、だが君は君の声が私にどう聞こえるのかを言っても、
君に君の声は私に聞こえるように聞こえている訳ではないのだ。

僕が殴る、
君は持ち出した包丁を投げ捨てた。

私は殴られる。
君は振り上げた骨を壁と闘わせた。



叶わない、と言うか
僕らは、私たちは、
巡り遭って、迷って
時が出逢わせたにも関わらず
一瞬でも本当にこのまま二人で死んだっていい、いやそれを真に願っていたのに、
こうして擦れ違い、お互いを削りあっていたことに気付き、
傷付けあってしまったんだ。



遠くで、
何か重いものが固いものにぶつかる音がした。
数秒間の私たちの行為の後、
また遠くで、恐らくは同じ場所で何かが地面に落ちる音がした。

「事故。」

誰かが死んだ、
なのに私たちはお互いを認めて、理解した上で殺そうとする
だから僕たちは情けない存外で、泪の量だけ慰め遇おうとしてる。

一瞬、心臓が泣き止んだら、
私は君に何を突き立てよう。
一瞬、鼓膜が響き止んだら、
僕は君に何をぶつけようか。

石が入った小石より、
意思の籠った小箱。
(要するに子どもを授かれなかった私が悪いの)



「蝋燭を消す時みたいに、キスして…」

―誰か俺を取り抑えろよ・・・

此処に警察は居ない。
だって警察が正義じゃないから。
だから警察は人間だから。
(…僕らは子どもで居よう)
だって此処に警察は居ない。

遠くでサイレンが煩かったとしても僕らの世界では些細な雑音としても耳障りな小蝿が与える不快感としても成り立っていなかった。

「だって私たちは誰かを裁こうとしている訳じゃない…。」
(第三者は存在自体を認められない)



―彼が頭を抱えて 叫びだす。

まるで、喉仏が彼の表情を表しているかの様に
声帯が叫んでいるかの様に声ではない何かを吐き出した。

私にはそれが何だか分かった。
云わば感情の具現化。
私には聞こえなかったもの。



泣き出した彼を抱えて私は投げ捨てた包丁を見る。
喉を鳴らす様に泣く彼を抱えて私は震える。

「大丈夫よ。怖くないから。怖くない、怖くないから。」

遠くの空の下で
三者は犬の様に手に首輪を付けられる。
私たちはそこに関係出来ない。