サファイア

今、私が見詰めはじめてから126回目の瞬きをした彼女の小指には宝石が玉虫のようにくっついている。
視界の隅で、薄暗い電球の光を食べては淡く反射するそのサファイアは或骨董屋で見つけたんだって。
彼女は私の方を見ることなく、私の視線に気付きながら薄ら笑いをしてもその眼はサファイアに劣ることがない輝きを放ちながら煙草の煙を手で仰いでいた。
「ねぇ。」
「なに、てゆかさっきからなに見てんのよあんた。」
彼女は煙草を吸いながら何処かを見ているままだ。
「もう灰皿いっぱいだよ。」



―あ。



私たちが反応すると共に小さな灰が木製のテーブルに聞こえない位の声をあげて落ちた。

「もう。」
「ごめんごめん。」

呆れながら灰を払って灰皿を代えに行った彼女のお気に入りのテーブル。
「私ね、こういう不思議な木目とか大好きなんだ。」
それに続けてあたしについても不思議な女の子が大好きなんだとか言っていたっけ。
あたしが続けざまに煙草に火をつけてしまった時に灰皿が無いことに気付いた。
―あ。

「少しくらい待てないの?。」
また呆れながら灰皿を洗って来てくれた彼女はこの喫茶店-star FILM-の母親だ。
この場所に父親は居ない、そして彼女にも父親は居ない。
彼女が大人になる3歩手前の頃、或茶店が火事で焼け落ちた。そこで建物と一緒に灰になってしまったんだ。

「それにしてもきみ、今日はずっと煙草を吸ってるよ。」
「そうかなぁ。」
「うん、おかしい。おかしいよ。今日はなんかあったね。うん。」

彼女はそう言いながら珈琲を淹れる。
あたしはそれを見ている。

「あのねぇ。」
少し遠くに居るだけで彼女の声は曇り、あたしが出す声があたしには一番はっきりと聞こえる音で、
天井でまわる空調は静かな音さえしない心地好さをこの店に与えている。
聞こえるのはあたしの心臓の音と彼女が動く音、金属音とそれと沸いた水が叫ぶ湯気の音だけだ。

「はい。」
「ありがとう。」
彼女の珈琲も、彼女の存在そのものみたいに格別だ。

「あのねぇ、あたしはきみと話がしたいんだよ。きみは凄く面白い生き方をしてて話し方も楽しいし私はきみに会うために待ったり、きみに会えるのが嬉しいってこときみは知らないだろうけど…」
「わかったわかった。」
時々おばあちゃんみたいな喋り方をする彼女があたしも大好きだ。
「髪を染めた理由も聞きたいし。」



あたしの髪は桃色になった