―私の眼に映るあの空は、偽りなんだと 思う



8月22日



今日も暑い。昨日も暑かった気がする。
暑いのは嫌だ。周りがみんな太って見えて、
汗のにおいが充満した世界は密室なんだ と感じてしまうから。

何処にも逃げ場なんか無いから、わたしは今もここに居る。

それにしても暑い、今何時だっただろうか・・・



・・・「時間なんて関係ない、か」

わたしは 不意に時間の領域から排除されかけているような気分になった
時間の領域こそ、世界の常識だった筈なのに。

でもそれはわたしの勘違いの様で、



眼が覚めると、暑い。朝も、夜も関係無かった。






・面接 コンビニ



長い間憂鬱が、わたしを串刺しにして焼いていた。
わたしは焼き鳥か、
長い間働いていなかったので、近場でアルバイトをする事にした。

時給も安く仕事も容易い、コンビニ。

面接の日、手帳の印。
今日がその印が示す日付だった

支度をして、玄関から現実へ。
やはり、暑かった。夏は嫌いだ。胃もへたる。

目的の面接室、目的の面接官。
眼に映る人間様方は一体何様なのか?
そんな事を思いながら、気分の悪い事情聴取のような
1体:1人の面接。

この妙な圧迫感と、他愛もない談笑を交えながら
わたしは人間の世界で働ける様になった。(合格)





9月2日



今日も暑い。今日も働く。

品出しをしていると、
「このパンも、あの誰かの胃に入って出されるんだ」
「このおにぎりも、あの人の口の中で汚くなったり、綺麗になったりするんだ」

夜中になると、
「どうしてこの世界は、夜を受け入れないんだろう」



だとか思う。

人が次々と入れ替わり立ち代り、
わたし達は変わらないけどレシートの量は嵩む一方だ。
「このレシートも、有害なのね」



この世界には、無駄しか無い。
この世界には、無駄が殆どを占める。

わたし達は、無駄。






・閉店

何気無く働いていたわたしだったけれど


何故だか、突然コンビニが潰れた
一昨日くらいに、店長に言われたのだった。

「      。」



わたしは再び労働から突き放されて、暗い部屋に

勇者達が全滅すれば城に戻され
「なんということだ」と王様に叱責されるかの様に

わたしは暗い部屋に
灯りも無ければ、台所も無い
あるのは大切な大切なわたしだけの物達、やわらかい布団

そして





やわらかいわたしだけ。






11月12日

暑かった日からもやっと、離れ
太陽が地球から少し距離を置いたのだと思った。

朝、目覚めるといつもおなじ様な距離に太陽を見る。
「きょうも眩しいね」

太陽は宇宙一の目立ちたがり屋。



夜になると、月と変わりばんこ。
「きょうも優しいね」

月は夜を照らしてくれる、優しい恋人の様。




―恋人・・・・・。



夜が少し早く来て、夜を受け入れない街は
朝の如くに眩しかった。

「あなた達が キライ」





・過去

眠ろう。
そう思ったのは明け方の五時ごろ。

睡眠薬を少し多めに飲んで、
意識が朦朧としてきたと感じたのを境にわたしは眠った。
夢の中。
現実と然程隔たりが無く、わたしはいつもそこで暴れる。

昔の、夢を見た。
現像液に浸けた印画紙から映像が、現実が浮び上がる様に。
水に潜ると、自然と身体が酸素を欲し浮び上がる様に。



わたしは殴られていた。
殴っている人間の顔は砂嵐の様な、灰色か黒かわからなかったが
声も無く音も無く殴られているわたしを見た。
そのわたしの中にも、わたしは居たのだが、
脳と言う客席から視野の画面を見る「わたし」

殴られ、蹴られ罵声(人間の口が激しく動いて)を浴び
壁に激突する「わたし」

わたしの過去、
わたしの現在、

どちらもよくわからない。

ただ、わたしは泣く事しか出来なかった、、





眼が覚めると玄関に居た。

動き回ったのか、立ち上がり暴れていたのかは知らないが
身体中傷だらけ、痣だらけで部屋に靴が上がり込み
部屋中、破れた新聞紙だらけだった。





「・・・ 誰がやったの   ?      」



自分しか居ない。





・そして また 思い出す

わたしは風俗嬢だった、
男に捨てられ、男に売られて、また買われた。

汚され、謝られ、撫でられて居た

何人の男に襲われ、殴られただろうか、
何人の男に騙され、消えられただろうか

傷跡は、少しも消えていなかった、消えなかった。

これがすべて夢でも良い。
これがすべて偽りでもよかった。
綺麗な白に近い肌色、普通より少し形を許せる顔、、、

今もそれに近い身体で居られる自分が少し嬉しく思えた。





・目覚めても夢

嫌な夢を見た
辺り一面鍵だらけ、壁のような箇所にかけられた大きな鍵
そして大量の鍵に対して、ひとつしか無い古時計の様にさびれた
今までの時間を安易に想像出来るかの様な 扉。
わたしは酷く焦っていて鍵を次々と扉に刺した。
どの鍵も入るのに、一切回らない。一番大きな鍵は重くて持たなかった。
どうしても扉を開きたがるわたし。
鍵は刺す毎に消え、代りに哀しそうな顔をしたわたしが次々と現れた。
泣き声で充満する鍵に溺れた透明な箱の中。

焦れば焦る程、鍵が消えれば消える程わたしは増えていった。
耳鳴りとも、泣き声とも区別が付かなくなり、耳が壊れていき、



わたしは発狂した。

そこで目覚めた。
だが今度は扉の中で、辺り一面真っ暗闇。
なにかが在る気配すら感じ取れず、温度が無かった。
そう感じた。 「温度が無い」

ただ、自分の脚が地面ともわからない場所に付いている。
そして

動けない。   わたしは本当に地面に張り付いていた。
生えていた。

たった、それだけの夢。真っ暗闇で、呆然とするそれだけの夢。





わたしは発狂した。

そこで目覚めた。
だが、

今度はビルの屋上に居た。

私は何処か遠くを見ていて、髪をかきあげ指に通るその感触に
吹き抜ける風を感じてた。
鉄柵の境に生と死があるなら、私はどちらでもいい
どちらでも、現実なんだろう

私は鉄柵を越え、
波打ち際に立っているような足元の涼しさを噛み締めた

そして―



落ちる。


吹き抜ける豪風に、台風が来た時の木を思い出した
私はこれから木になるんだ

髪が激しく揺れて、
さっきまで蟻の行列だった車や人が近付いてくる

そして―
地面を抱きしめるかのように、
時限爆弾が突然、0:00になったかのように

身体も、顔も皮膚も 破裂した





―あれ?



それと同時に魂は地面を付き抜けたみたいだ
いや、空に居た。

私は空に居て、落ち続けていた。

地面の下には、空があったのだ。綺麗で遠くまで続く水色の世界


私は風を追い越して、風に許してもらった
私が風になった



















―わたしの周りに拡がる世界は、みんな嘘なんだと思う



「あ」と意識を取り戻した時、
私は狭い個室で男とセックスしていた、男は激しく汗をかいている
私はそれを無意識で見つめる

男は激しく汗をかいている 男が

そうだ、私は売春婦だった。一体いつから夢を見ていたんだろう
と思うと思い出せなかった。

ただ、目の前に男が居て、私の中に入って激しく汗をかいているのだ。



どうでもよかった

私が感じることなく、違和感を感じながら男が果てた

一体男っていつからこうなんだろう、男っていつから男なんだろう
セックスをしなければ狂うのが男だとしたら
私は、女はセックスをされると狂う生き物だろうか、

ふとそんなことを思った。



男が抱き付いてくる。 泣いてる。
私がそこに母性を感じる事は無い。 こいつは金づるだ。

さっさとやってさっさと果てるがいい

いつもそんなことを思う。



「男は射精しないと死んでしまう生き物だ」

昔、知らない男にレイプされた時
私はわけがわからなかった。ただ、置き去りにされ

―服が破けた状態で下半身裸で、ただ置き去りにされ

わけがわからなかった。
不意に意識が硬直して、涙が溢れる

襲われたんだ、男に。
どうしようもなく絶望を付き抜けた私の心は跡形もなく
崩れ去って泣叫んだのだ。

カウンセラーの先生が言っていたんだ、
あの夜の世界を見守る先生が言っていたんだ、

「男は射精しないと死んでしまう生き物だ」



私は今、それを完全に支配し、利用しているだけなんだ
誰としたいとか、誰が好きだからしたいとか



一切ないんだ



ただ、「金を置いていけ」と思う。ただ、置いていけ
男って、単純だ。






そして、その単純さに付け込むが故に
世界が狂い出したんだと 私は 思った。




安いホテルの温い部屋から男が出ていく。
男が泣きながら出ていく。




私がなにも感じていなさそうだったからなのか、
金を使って私を買っているくせに

男が去ったあと、私はいつも一目散にシャワーを浴びにいく
なにも入っていないバスタブに私は座り込んで 吐く
胃液も涙も、なにもかもを、なにがなんだかわからないまま吐く
そして流れて行く汚物に、何かを見出すんだ









いつも新しい事柄を。